2011年3月19日土曜日

腰痛日誌3/19(土)

そこそこ、回復してきた筈であるのだが、このところ、左足の爪先には痺れを感じることが多くなり、妻に灸を据えてもらう機会が増しておる。

未だ寒い季節なのと、日頃の運動強度がそこはかとなく上がっているのも要因に上げられるやも知れぬ。柳下のおじいちゃんが亡くなってから、少しばかり上向いていた回復曲線に変曲点を迎えてしまったような気配すら感じるのう。

なればと、又も、立川の柳下はり院へと赴いてのう。早い時間にも開けておるとの話を聞き、マグトラで出掛けたんである。7時頃に出発し、8時前には到着。既に待合室は開いておるが、一番乗り。以前は5時前から人が並んでおったそうだが、おじいちゃんが亡くなってからは、患者さんの数もめっきりと減ってしもうた様子。

今回は、臀部に長鍼も入れていただき、帰途に着いたのだが、行きにも帰りにもあちこちに、ガソリン待ちの渋滞が見受けられた。こんな状況になると、如何に車と言うのが脆弱な乗り物かと言うことを思い知らされるのう。

たとえ燃料があっても、被災地の様子を見ておっても分かるよう渋滞してしまえば、車は使い物にならぬ。電車も減本され、利用できぬ区間が突然起きたりする今の状況では、通院もままならぬのう。

冷えには底抜けに弱く、歩けても1時間かそこらが限界のこの体で、彼の被災地にあったとしたら、耐え難い苦しみに喘いでいたか、既に命を落としていたかのいずれかであったろう。
此度の地震でも自転車で移動できる範囲に居なかったら、どうなっていたことやら。10kmも離れておったなら、帰宅困難者として歩ける訳も無く、一晩を屋外で過せるほどの耐性がある筈も無い。そんなことを考えながら、被災地に想いを馳せると辛さが増すのう。

改めて、犠牲になられた方々とそのご家族にお悔やみ申し上げると共に、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げたい。

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