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2012年8月12日日曜日

ドライエリアの枝打ち

を行うてのう。

身共のホビーショップの窓にはいつの間にやら、緑色の影が伸びるようになっておってのう。

隣家との境界に生えておる木が随分と伸び、落ち葉は汚くドライエリアに溜まる始末となれば、暑い季節であろうと枝打ちせねばなるまい。

落とした枝は細かく刻み、ゴミの日に出さねばならぬが、やぶ蚊に刺されつつ、刻み続ける作業は、難儀であるのう。

とは言え、ホビーショップの採光も幾分回復したのは、幸いであろう。
めでとし、めでとし。

2012年5月16日水曜日

石巻

を訪れてのう。

震災後、石巻を訪れるは、此度が初めてとなろう。
これまでも通過点となったことはあろうが、駅前に降り立つは初めてかのう。

駅前とは言え、仙石線が未だ復興途上であるなら、仙台からのアクセスはミヤコーバスが運営する高速バスが妥当なルートとなろう。
故、正確には駅前のバス停に降り立つことになろう。

↑腹を満たすは、駅前の復興願い膳

↑街中の瓦礫はすっかり片付き、活気はあるが、あちこちに爪痕が残る

↑駅前には石の森ワールドが広がる

"島村ジョー"を筆頭に街のそこかしこで009達が見守っておる。ロボコンは瓦礫に埋もれたとの噂があったが、彼らは津波を耐え抜いたのであろうか。

近隣には、まだまだ復旧工事が目白押しとの事なれば、その前線拠点として石巻の宿は、未だ工事関係者で予約がいっぱいの状況と聞く。

まだまだこれから長い道のりであろうが、活気溢れる美しい都として復興して欲しいものよのう。
めでとし、めでとし。

2012年1月7日土曜日

子供のいたずら防止ライター

なるものが世の中のライターを駆逐していると母から聞いた。

いくら、やっても、中々に火が点かぬらしい。

いざ手にとって、火を点けようと試みるなら、大人の男の手を以ってすれば着火なぞ、容易いことであるが、それにしても、指先が痛くなるほどの重さのライターがあるのも事実であった。

子供のいたずら防止として開発されたライターの多くは、高齢者にとってたいそう扱いにくい代物と成り果てておった。中には、簡単にはいたずら出来ぬようにとの工夫と細工により、軽くとも、着火できるものもあるが、子供とて知恵が無い訳ではなく、コツさえ掴んでしまえば、いたずら防止には、程遠い感もあろう。

なれば、子供の力では着火できぬ程度の重さにしてしまうのが、簡単確実と判じられた結果がこれらのライター群ではあるのだろうが、それにしても、弱者対策がおざなりであるのは、いただけぬのう。

蓋のあるオイルライターや、昔のギミックに富んだライターを確保しておかねばならぬ時代やも知れぬ。事あるごとに弱者に牙を剥く、世知辛い世であるのう。
まったく困ったもんである。

2011年8月28日日曜日

ほんとうの復興

なる本を読んでみたんである。

養老孟司氏の作品は、妻にとっての愛読書でもある。今回は早稲田大学の昆虫学者の池田清彦氏との対談を交えての言いたい放題、書きたい放題(ご本人にとってはきっと、"ほんの僅かしか"、と言う感じなのであろうが)なんである。

話題は、震災、福島原発事故を皮切りにして、今後の対応策、日本のエネルギー政策への提言で結ばれておる。




この本の中で要旨となるのは、"分散"であろう。
リスクヘッジと言う言葉があるが、これも意味するところは、"分散"に似ておる。嘗て、複数の柱があれば安泰と"経営の多角化"が叫ばれた時代があったが、現在ではリソースの無駄使い合理化の名の元、"選択と集中"と言われる流れに替わってきておろう。

彼らは、ここで、もう一度、"分散"・"多角化"・"選択"を提唱しておる様子。"分散"と"多角化"は、住まいとエネルギーの分散について述べておって、これは単なる代替エネルギーの開発ではなく、場所を散らすことが肝要としておる。

確かに、別荘を持っておるならば、本拠に災難があった折にはバックアップとしての機能も期待できよう。田舎のある人なれば、それが心の支えとなる瞬間も多かろう。

そして、今ひとつは、エネルギー。風力や太陽光発電をこき下ろし、本気で新エネルギー開発に本腰を入れるべきと述べておる。そしてもう一つ、省エネルギー文化への切替についての言及もある。

風力発電や太陽光発電を頭ごなしに否定する気は無いが、通常電力に使用するためには、今一段二段の技術革新が必要なことは明らかであろう。なれど、弱電利用には、送電コストも掛からず、都合の良いアプリケーションも多い。地熱利用や小水力発電も大いに結構。

こうした小口電力やエネルギー利用を促進するためには、スマートグリッドも一つの手立てではあろうが、家庭用電力の複数化というプラットフォームも一つの方法であろう。
家庭用電力消費の7%以上とも言われる待機電力の要因の一つにはACアダプタもあろう。即ちAC-DC変換の効率の低さも一つの問題であろう。

洗濯機、電子レンジ、炊飯器、冷蔵庫...大電力を用いるものには、従来どおりAC100Vを。
テレビ、電燈、ステレオ、PC、セキュリティーシステム...、省電力で良い物には、DC系電源を。このDC系電源には、簡単な蓄電装置(バッテリー)と自家発優先の商用電力とあわせた充電系統を用意するも良かろう。少々効率が悪くとも、小さな力を発揮し易くすることも、取り入れられて良かろう。

さて、そうは言うものの、エネルギーを追うのは、人の性、更に言えば、生き物の性、とも言えよう。多くの植物は、太陽を光を求めて枝葉を伸ばし、水を求めて大地に根を張る。
動物は、自らの体内で燃焼させてエネルギーを取り出すための餌を捉えることに必死である。いわんや人をして、である。古来、火の扱いに始まり、人の生活は、静かに深くエネルギー欲に支配されて来たと言っても過言ではなかろう。

その欲求は、睡眠欲、食欲、性欲を遥かに超えて、数多の戦争を引き起こしてきた史実にも現れておろう。その欲求が、生物としての根源であって、無くせないものであるならば、なおさらの事、その欲求をコントロールする術を教育の現場と文化の啓蒙と言う点から図ることも有益であろう。

楽しくも、色々と考えさせられる有益な本であったのう。
めでとし、めでとし。

2011年3月24日木曜日

みずほ銀行のトラブルと東北地方太平洋沖地震

には、関係があろう。

聞かば、あと1,100件の未処理分となり、本日中に残務解消との由。
手元資金に余力が無いために義援金を供出できぬ諸氏も多かったことであろう。
みずほが正常化するならば、資金援助にもいっそう弾みが付くのを期待したいのう。

身共においても、みずほの口座が使えぬ事で、難儀しておったので、妻に頼み、ゆうちょの窓口にて振込みを行のうて貰ろうた。

案内には、以下の記述があるのだが...、
----------------------------------------
義援金窓口:郵便局、ゆうちょ銀行
口座記号番号:00140-8-507
口座加入者名:日本赤十字社 東北関東大震災義援金
郵便局窓口で日本赤十字社の東北関東大震災に対する義援金である旨申し出ていただいた上で、振込用紙の通信欄に「東北関東大震災」と明記し、お名前、ご住所、お電話番号を記入してください。窓口での取り扱いの場合、振込手数料は免除されます。
窓口でお取りいただいた半券(受領証)は、大切に保管しておいてください。
----------------------------------------

振込用紙に全て、手書きで書かねばなら無かったらしい。せめて、口座名やあて先くらいを印刷して並べて置くくらいのサービスをゆうちょにも期待したいものであるのう。

・お金があれば助かる命
・人手があれば助かる命
・知恵や機転で助かる命
・食べ物があれば助かる命
・暖かければ助かる命
・動ければ助かる命
・薬があれば助かる命
・気合や根性で助かる命


助かる命には、背景も種々あろう。何が命を助けるのかと言う見方から手の差し伸べ方を考えるも悪くは無かろう。

2010年12月10日金曜日

ハートフル歯科

にて、このひと月ほどの間での改善の様子を調べるとのことで、治療ならぬ検診が行なわれてのう。

単に歯茎の閉まり具合を調べる程度であるのだが、随分と治療費が嵩んだのは何故であろう。

にも増して、先日セラミックを詰めた歯を筆頭に、あちこちの歯が歯の頂上側から痛うて仕方が無い。通常の知覚過敏であれば歯の側面が沁みるのであるが、今回は犬歯~奥歯を中心に歯先から冷たいものを口に含むたびに軽い痛みが続いておる。

ビールはもとより、水道の水ですら沁みる有様。余り聞かない症状との事であるが、一つの神経が高ぶると他の歯にも影響するものであろうかのう。
長い人では一月ほども、神経の落ち着くのに掛かるとの談ではあったものの、按配が悪いのは辛いのう。

全く困ったもんである。

2010年11月21日日曜日

世界一やさしい問題解決の授業

なる本を読んだんである。

会社の図書室で借りたんであるが、内容は、ビジネス書の如き次第。
何かしたいと思ったら、目標を明らかにして、道筋を分解して、仮説を立て、分析して、歩みを進めましょう!
と言う、既に何べんもどこかで聞いたことのある様な内容であった。

↑技術図書館には珍しい趣旨の本よのう

なれど、読者の対象はどうやら中高生と言った様相。であるならば、イラストが付いた薄手のこの種の本も役立つ機会も多かろう。

何かの本を返しに行った折りに、題名に惹かれて、中身もろくに確認しないまま借りてしもうた本であるが、この種の本までも蔵書にある身共の会社の図書室は、ある意味立派なものよのう。

これはこれで、良しとするが良かろう。
めでとし、めでとし。

2010年10月6日水曜日

吉田耕作氏の"国際競争力とTQM"

と題された講演を聴く機会に恵まれてのう。

講演者は、吉田耕作氏。先日読んだ"統計的思考による経営"と言う本の著者である。

日本では名が売れておらぬと氏は、何度か仰られておったが、流石に米国にて大学の教鞭をとっているお方なれば、見事な話術である。
脱線もあらば、プレゼン資料が止まることもあったりするが、一時も聴衆の眠気を誘うようなことは無い。明るくフレンドリーな話はそのまま氏の考えや生きてきた様子を伺わせるものでもあろうのうと、感じた次第。

さて、講演の内容となれば、それは先日読んだ本の内容にオーバーラップする部分が大半であった。お陰で、少し理解が進んだ気はするものの、具体的なアクション方法については、身共にとっては霧に包まれたままである。コンサルタント的な仕事も生業の一つなれば、事細かな実践編は多少ぼかしておいた方が、良いのかも知れぬのう。

話の骨子は、
・"Joy of work"を目指すべし。
・小集団活動により"Joy of work"が実践されるなら、生産性や品質はおのずと着いてこよう。
の2点に絞られると言っても過言ではなかろう。

この二つの結論に従うなら、新たな疑問も湧きあがろうというもの。
・小集団活動無しでも"Joy of work"が実現されるなら、生産性や品質は上がるのであろうか。
・前記が正であるならば、"Joy of work"実現の手段は、他にも多くあるのではなかろうか。
・世の中には、そして世界には"Joy of work"を実現しておる組織、民族、国が少なからずあろうと感じるが、彼らの生産性と品質は高いのであろうか。

統計的思考には基づいておらぬが、少し視点を変えれば何れも正しい気がするのう。なれば、"Joy of work"悪くなかろう。

めでとし、めでとし。

*.氏のホームページはこちら

2010年10月1日金曜日

President-Kの期初挨拶

があってのう。

今回の講話は、身共にとって尊敬できる内容であったのう。

一つ目に、身共らの存在意義を改めて考えておるものであった。身共らの会社には、立派な会社理念と言うものが存在するでのう。経営層が変わっても、この理念は全ての振る舞いの根幹として常に拠り所となろう。それを改めて発布するのは、頗る望ましい姿であろう。

二つ目には経営判断の反省があり、それぞれに言葉少なげではあったが、良く練られた対策がバックグランドにあることを伺わせる様相を呈しておった。

三つ目には、トップダウンに加え、創造的なボトムアップの仕組みを用意すると仰る。

President-Kが、就任に前後して、暫くの間、経営層の考え方が、身共にとって住み難い会社になってきたのう、と感じておったが、今回の期初講話はその思いを覆すものであったのう。

彼にしてみれば、そんな想いで働いている社員がいようとは、夢にも思わぬであろうのう。

とは言え、めでとし、めでとし。

2010年9月15日水曜日

妻の腕を骨折

してから、何度かの通院を経て、本日が最後の日となったのだ。

完全治癒には至らぬものの、"ほど良く使うならば、程なく回復するであろう"との言葉を頂いて帰って来たのだったのだが、八木整形外科には、今日も今日とて、転んだおばぁさんたちがひしめき合っていたのだそうな。

先日、"私も転んじゃってね"と妻に声を掛けてきたおばぁさんは、再び転んだのか、新たに大きな傷と鬱血とを伴って通院。

転んで怪我するお年寄りのなんと多いことかと、彼女は申す。

高齢者の歩行用エアバッグが開発されたなら、きっと良いであろうにのう。
想像はするも、機構的には、難題であるのう。

誰ぞ、頑張ってみて欲しいものよのう。

2010年8月31日火曜日

白水政昭さんご逝去

の知らせが届いた。
朝、会社に出ようとしている頃にご婦人からの電話であった。

白水家は、福岡に下宿をしていた頃に随分と世話になった名家である。元は、小作人を敷地内の長屋に住まわせていた庄屋さんで屋敷には玉砂利が敷かれ、大きな蔵があったのを思い出す。

嘗ては、親父様と単車二台と引越しの荷物を積んで、その長屋の一つを借り受けるために旅したこともある。その親父様が在学中に他界した折には、この大家さんに旅銭を借りて帰省したことも思い出される。

初めて引越しの荷物を持ち込んだ折にも、蔵の前の庇を二台の単車のために空けていただき、更に持ち込んだ車にも、「それも必要で御座いましょう」と微笑みながら迎えてくださったご婦人。
蔵には、旋盤、ボール盤、グラインダーと工作道具が綺麗に並び、親父様が感心しつつも羨ましがっておったのも色鮮やかに想い起こされるのう。

突然の訃報に、気の効いた台詞も言えず、告別式の場所も聞くことを忘れ、なんとなしに電話を切ってしもうた。"大家と店子と言えば、親子も同然"とは言いながらも、直ぐに発つこともせず...。

気持ちが落ち着いても着たので、遠くない将来に遅ればせながらもご焼香に参じねばなるまい。

2010年8月20日金曜日

秋刀魚が高くなるとお客さんが疲れる!?

と言うコメントが朝のニュースで流れとったんじゃ。

お客さんが疲れる!?
む!?

むむ!?

誰が何にどう疲れるの?なぞと言うツッコミもないまま、スポットで放送されてしもうては、"疲れて"しまうのう。

頑張れ!NHK。みんながんばれ!NHK!
君達がその有体では、頑張れる人がおらん様になってしまうぞ。

全く困ったもんである。

2010年8月6日金曜日

ソフトバンクのパケし放題解約その後

先月の中ほどに"パケし放題"を解約して新たな請求書が更新されておった。見てみると、日割りになると言われておったのに、丸々一月分の引き落としが登録されておる。

"またかい!?"

随分と丸く温厚になったと言われる身共においても、これは腹立たしい事態である。
"これは如何なる事ぞ"とソフトバンク三鷹店に詰め寄ることにしたんである。

幸いにして、前回対応してくれた同じ担当者の方が対応してくれたんで、話はこじれずに済んだ。確認して貰うたら、"契約時は日割り計算になるが、解約時は日割り計算にならん仕組みとの事"。担当のKGNUさんは、平伏して謝罪してくれるのだが、"プロが間違えてしまうような分かり難さがこの会社の問題であろう"

"理由は理解した。"
暫しの沈黙を継続しつつ、落とし前の付け方を無言にて促すと、"確約は出来ませんが、何か策が取れる様、最大限努力します"とのご対応。彼の真摯な対応ゆえ、今日のところは、ここまでにしておこうかのう。

全く困ったもんである。

2010年6月16日水曜日

SoftBankプラン変更_ひょっとして詐欺師!?

と思える様な目にあったのだ。

先頃、"月額使用料無料"に惹かれて登録したならば、自動的に"ケータイWiFi"なる高額オプションに思いがけず、登録されておったのだが、それを取り消したつもりでおったのだが、PCの登録画面からは、登録の変更が出来ず、代わりに"パケほーだい(パケットし放題フラット)"なるオプションへの登録変更に誘導されとったらしい。

これすらも、WEB画面からは登録解除ができず、既に3ヶ月も高額料金の支払いを余儀なくされておる。既に随分と腹が立ってきておったので、三鷹南口店の店頭に出向いて登録解除を申し出たところ、いとも簡単に登録解除がなされた。

月の中なれば、日割り計算にて6月分のパケほーだいが約半額になるとの事。WEBのあちこちのページに散らばる細かな仕様を網羅的に拾い集めねば、簡単に引っ掛かってしまう詐欺的な手法であるが、店頭での対応がすこぶる素直であっさりと事が片付くようにできておるのも、クレーム対応を最小に抑えつつ、詐欺的な行為を続けられる様に配慮した結果とも受け止められる。

しかしながら、店頭で働く人々に非があるわけではなかろう。
店頭に赴かねば出来ぬとは言え、漸く登録廃止となり、一安心ではあるのう。

全く困ったもんである。

2010年1月25日月曜日

踏切事故撲滅!

を目指した工事がいつの間にやら武蔵境近くの高架下踏み切り跡で行われとった。

高架になる前は、自転車が対面通行できず、踏切内で待ってしまったり、障害棒に突っ掛かって転びそうなったりするお年寄りや高校生を見かける機会が少なからずあったもんだ。
"こんな、細い道に車止めなぞ不要だろう、それでもたまに原付は通ったりするだから、無意味だろう"と思うとった。

それが、高架になって踏み切り内事故の可能性が無くなって漸く一本の車止めが取り払われた。この種の車止めは踏切内から安全を確保できる空間がある時には有効かも知れんが、踏切内から出られん状況で、そこが線路上と言うのでは、危なっかしくてしょうがなかろう。

↑棒が1本無くなって行き交う人も自転車も漸くスイスイ
↑踏切近くに住まう彼もこれで、毎日安心して朝からお昼ねできるね、
ってあんた、いつも朝から寝てるやろぅ~!

もう暫くして、拡幅工事が終わると車通りが多くなって、また不便になるのだろうかねぇ。
まぁ、ひとまず、めでとし、めでとし。

2009年10月27日火曜日

アイシャドー

を多くの女性が施しているのは、周知の事実だと思う。

アイシャドーに格別興味があるわけではないが、ちょっとしたテレビを見ていてシャドーを施す女性の気持ちを何となく想像してみた。

シャドーの素材が目の中に入ってしまうのではないか、入ってしまっても問題ない素材なのか...、とか心配になってしまったのさ。それ以外にも、私は疲れていると、先端恐怖症に近い感覚が現れるのだが、女性の多くは大丈夫なのだろうか..とか心配。

後者の解決は難しそうだが、シャドーの素材をブルーベリーエキスをベースにした物にしたり、アントシアニンを入れたりして、仮に目の中に入っても、それがむしろ人体に好影響を及ぼすようなものにできないものだろうか、なんて事を考えてしまったのである。

誰か、作ってみませんかねぇ。
こんな種類の物が世の中に蔓延ってくれたら"めでとし、めでとし。"と思うのだが、如何なものだろうか。

2009年10月5日月曜日

姫の告別式

に出席させていただいた。

↑妻が茶を一服供えた。「のど渇いていて欲しかったんだぁ」って言ってくれたかな。

昨日の通夜に続き、教会でのお別れの式となる。泣鳴する人も少なくない。
中でも妹さんの悲しみの様子は、胸を突く。大の仲良しだった妹さんは、姫が入院して程なく彼女の看病のために会社を辞め、姉のために処方を聞いたり、色々と調べ物をしたりして姫の回復に尽力していた。それでもなお、彼女の悲しみの表情には、無念の思いが滲んでいるように感じられた。

そこには、"もっとほかにも色々手を尽くせたのではないか、出来ることはほかにもあったのではないか、もしかしたら別の結末があったのではないか"と言う最後まで諦めることのなかった様子なのかと思う。それが惜念の想いに繋がっているのかと。

確かに私にしても、姫の療養に対してベストを尽くしていなかった想いがあるのは事実だ。今の病院が最適なのか、もっと良い治療法は無いのか、等々色々調べ物をしたのは事実であり、その中でもっとほかにも出来ることがあったのは事実だ。しかし、身内でない私が強く進言するには憚るものがあったし、そこまでしなくとも復帰できる予感もしていた。

言い訳をする訳ではないが、だからこそ妹さんには、こんな想いを伝えたいと思う。"一つ一つの積み重ねはベストではないかもしれないが、ベターの積み重ねがベストになる"のだと。

それは、逝ってしまった姫こそに無念の想いしきりと思うが、ベターとベストを重ねて生きた骨太の人生にこそ最高の輝きがあったのだと御霊を称えたい。
南無。

2009年10月4日日曜日

桑姫のお通夜

に出席をした。

教会でのお通夜は私にとっては初めての経験。牧師さんが聖書の言葉を借りて桑姫の霊を弔う。そして牧師さんが選んだ讃美歌を唱和。あちこちから嗚咽する声が聞こえる。

牧師さんが、教会の中にあるステンドグラスを引き合いに出された。「ステンドグラスは、ステインと言う汚れや錆を意味する言葉だが、誰もが美しい物をイメージする。実際、ステンドグラスには、個々に見たら綺麗な色やそうでない色もあるがそれらが交じり合って美しい作品にと仕上がっている。人生にも喜怒哀楽が種々交じり合って、彩を添える」、そんな内容のことを伝えていた。

確かに、人の生死に関わる通じる無常観というのは、侘び寂びの世界に通じているとは感じていたが、キリスト教にあっても同じ種類の想念があるものらしい。

姫の死が全く悲しくないかと言えば嘘になるが、私の中に寂しさはあっても悲しみの占める割合がとても少ないのは事実。あまりに嘆き悲しんで、御霊を現世に惑わせ留まらせてはいけないし、新たな世界への旅立ちをこの世で生きた輝きの史実とともに是認するのも残された者の役割と思う。姫は動けなくなりつつある頃、"なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ、でもこれも修行"と生前に口にしていたのだそうだ。その思いは、とても強く分かる気がする。それでも、生死を超えて考えると姫の御霊の歴史の中では、この現世との境界にある出来事も彼女の悠久の歴史を彩る侘び寂びの一部なのだろう、と考えることにしたい。

南無。

2009年10月2日金曜日

桑姫の納棺式

に出させていただいた。

聖路加病院の地下に霊安室があって、姫はそこにいた。
姫が食べたがっていたと言うサンドイッチとコーヒーが旦那さんによって供えられて、そこにいた。
親族に混じって、かつて、姫が勤めていた時の近しい友人が僅かばかり集まってきて、私たち夫婦も参列させていただいた。妹さんによれば、一週間ほど前から反応が無くなってきて、最期は家族に看取られながら静かに逝ったのだと言う。大の仲良しだった妹さんの表情を真正面から見るのは辛い。

数々のお守りと棺におさまってしまった。



重い空気の霊安室にあって、転んで見せると大人達が笑うのを見て、何度も何度も転んでみせる姫の子供たち。自分たちのアクションが受けるのが嬉しいらしく、はしゃっぎぱなし。
「ママ、冷たいよ。」「ママ、死んじゃったの?」との子供たちに、「もう帰ってこないけれど、二人のそばで見守ってくれているから大丈夫だよ。」と旦那さんが諭す。でも、二人の息子たちには、人の死と言うものが、どんなものなのか、実感として感じ取れていない様子があるが、実は彼らには姫がもっと近い存在として認識されているのかも知れない。

私は、父親が亡くなった時、悲しくは無かった。薄情と言えばそれまでだが、生きているとか死んでいるとか、そういう次元では無い存在感を父親に感じていた気がする。
二人の子供たちにも、今手を取り合ってぬくもりを伝え合うことは出来ないが、母という姫の存在を生前と同じように感じ続けて欲しいと願う。

納棺式が終わり、生前の姫の話を聞く機会があった。どうやら、姫は、"徹底的にやる"、"色々やる"、"真面目にやる"と言う見事な心情があったらしく、どう想像しても体がもたない生活をしていた節がある。傍から見るよりもはるかに太い人生を歩んでいたようだ。"善行多くして命短く、美人薄命"を地で行ってしまった姫に改めて敬服の念とともにご冥福を祈りたい。

合掌。

2009年10月1日木曜日

いとしの桑姫

が逝ってしまった。

本日、夜半に永眠したとFAXが入っていた。一週間ほど前に見舞いに行った折には、"底は脱した"と思っていたし、"あんときゃぁ辛かったねぇ"なんていいながら、また一緒に華火を見られると思っていたんだ。それが、帰らぬ人となってしまった。

↑桑姫からのお土産コアラ。形見になっちゃったよぉ。

大の仲良しだった妻は、日中に大泣きしていたらしく、私が帰宅した頃には、幾分か落ち着きを取り戻していた。私にとっては妻を通じてなのにもかかわらず、最初から幼馴染のような親しさを感じていた仲の良い友人だ。

私たち夫婦にとっても、大変思い出深い友人の逝去に謹んでご冥福を祈りたい。
合掌。