がおった。
身共は、托鉢の人を見かけると布施修行に入ることがままあるのだが、柳下針院の帰りに見えた坊さんは、一味違おうておった。
色々なお坊さんに巡りおうておると、記憶に残る人、そうでない人、色々おるが、今回の坊さんは、托鉢に珍しいなりであってのう。
・まず、托鉢鉢を手に持たず、足元に置いておった。
・暑い中、疲れが出ていたのやも知れぬ、やや背面に身体をもたれさせて、鈴を鳴らしておった。
・経を唱えたり、祓いをしてくれたり、合掌を以って応うる僧侶が多い中、いきなり"お読みください"と紙を渡された。
プロセスのみを見るならば、何やら新興宗教の様であるが、出で立ちは、まさしく仏教僧であるならば、幾ばくかアウトサイダーの気配にも似た趣を感ずるのう。
こうした一期一会もまた見方によっては修行となるのやも知れぬ。
めでとし、めでとし。
*.チラシの一部を紹介
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気は長く つとめはかたく 色うすく 食細うして 心ひろかれ
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この天海言葉は、ごく普通の生き方をあらわしていますが、私たちは欲望を抑えられず、なかなかそうした生き方ができないのが現実です。つい【お金】【業績】【名誉】などが気になり、ガンバリズムが働いてしまいます。その結果、命を蝕んでいるのです。おそらく天海は、長寿の秘訣は「淡泊にいきる」ということにより、すべてにおいて『平らにいきる』ということを言いたかったのではないでしょうか。
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あなたの心に波風がたったとき、仏さまの顔を思い出してください。奈良の大仏でも清水寺の千手観音でも構いません。きっと「ほどほどで行こうよ」という[長寿の声]が聞こえるはずです・・・・・
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この頃良く聞かれる若者像に寄れば、既にこうした禅の平常心(びょうじょうしん)を備えておるのやも知れぬのう。
これまた、めでとし、めでとし。
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